■最近注目を集めている「シングル・モルト」

 シングル・モルト・ウイスキーを飲むに当って、胸躍るのはやはりボトルの封を切る瞬間だろう。開栓と共に凝縮されていた年月は解き放たれ、眠っていたモルト・ウイスキ一が目を覚ます。そして、グラスに注いだならば芳ばしい息吹を吹き返し、頽郁としたアロマが辺りに立ち込める。これはブレンデッド・ウイスキーでは決して体験し得ないものだ。

 かつてはその希少性故の“マイノリティ”さが魅力のひとつでもあったシングル・モルト・ウイスキーだが、近頃では女性誌にも特集されるほどの人気ぶりだ。一時的なブームというよりも、シングル・モルト・ウイスキーの魅力に世の中が気づき始めたという現象に思えてならない。何故ならこの酒の素晴らしさは、流行に左右されるような底の浅い薄っぺらなものではないからだ。ちなみにこの現象は日本だけではなく、世界各国でも起きている。


■ウイスキーの種類

 ウイスキーの原酒には、大別するとモルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキーがある。前者はモルト(麦芽)を原料にして、単式蒸留器(ポットスティル)で蒸留されたもの。後者はトウモロコシなどの雑穀を原料にして、連続式蒸留器で蒸留されたものだ。モルト・ウイスキーはとても風味が豊かであるため、“ラウド(声高な)スピリッツ”と呼ばれることもある。それに対しグレーン・ウイスキーは穏やかで風味の軽いものが多く、“サイレント(静かな)スピリッツ”と呼ばれる。ウイスキーはこれらの原酒をベースにして造られており、その種類の一覧は以下のとおりだ。

ブレンデッド・ウイスキー A蒸留所のモルト原酒+B蒸留所のモルト原酒+・・・+グレーン原酒
ブレンデッド・モルト・ウイスキー(ヴァッテド・モルト・ウイスキー) A蒸留所のモルト原酒+B蒸留所のモルト原酒B+・・・
シングル・モルト・ウイスキー A蒸留所のモルト原酒のみ
シングル・グレーン・ウイスキー A蒸留所のグレーン原酒のみ

 ブレンデッド・ウイスキーでは、モルト原酒の割合が比較的低くグレーン原酒の割合が高いものをスタンダード、それよりもモルト原酒の合有率が高いものをプレミアムと呼ぶ。例えば、ジョニ赤はスタンダードで、ジョニ黒はプレミアムとなる。モルト・ウイスキーはと言えば、その名のとおりグレーン原酒を加えていない言わば“生一本”であり、中でも単一の蒸留所のモルト・ウイスキーだけが瓶詰めされたものをシングル・モルト・ウイスキーと呼ぶ。

 かつては同種の原酒どうしを混ぜることは“ヴァッティング”と呼ばれており、モルト原酒どうしを混ぜたものには“ヴァッテド・モルト・ウイスキー”という呼び名があった。しかし、2005年にSWA(スコッチウイスキー協会)から“ヴァッティング”という言葉の使用は控えるようにという通達が業者ならびに関係者にあったため、現在では廃止する方向に動いている。ただ、“ブレンド”と“ヴァッティング”とは従来どおり明確に区別しようとする動きが、スコッチ・ウイスキー業界の一部に未だに根強くあることも事実だ。

 “ピュア・モルト・ウイスキー”と言う呼称を御存じの方もいるだろう。これはシングル・モルト・ウイスキーと同義で用いられる場合もあるが、ブレンデッド・モルト・ウイスキーの意味で使用されることもある。定義が非常に曖昧であるため、この呼び名も使用を避けるようSWAは呼びかけている。

 また、ニッカが出しているオールモルト(商品名)なんて言うのもある。これは連続式蒸留器によって精留したモルト・ウイスキーをグレーン・ウイスキーの代りにブレンドしてあるものだ。であるから原料のすべてが大麦の麦芽(モルト)であっても、事実上はブレンデッド・ウイスキーと見なされる。余談だがオールモルトが発売されたときに、このネーミングに対してS社からクレームがついた。モルト・ウイスキーでもないのに、そうであるかのような印象を与えていると言うのである。しかしすべてがモルト(麦芽)から造られている点では偽りはなく、決して不適切なネーミングだとは言い切れない。

 アメリカのケンタッキー州で造られるバーボン・ウイスキーやテネシー州のテネシー・ウイスキーは、原料にトウモロコシやライ麦が使用されているため、分類するならばグレーン・ウイスキーのカテゴリーに含まれる。


■シングル・モルトの特異性

 シングル・モルトの中でも最も種類が多く、かつ風味も多彩なのがシングル・モルト・スコッチ・ウイスキーだ。シングル・モルトの特異性については、スコッチを例に話を進めてみたい。

 製品として市場に出回るスコッチ・ウイスキーの90%以上はシングル・モルトではなく、ブレンダーによって調合されたブレンデッド・ウイスキーだ。ブレンダーとは、その名のとおり原酒どうしをブレンドすることを生業とする人々のこと。品質を管理したり新しい商品を開発したりすることも彼らの仕事だ。ウイスキーの出来不出来は彼らの腕にかかっていると言っても過言ではない。ウイスキー造りにおける絶対的な役割を、ブレンダーは担っている。

 いかなるウイスキーであれ、ブレンドあるいはヴァッティングされている以上は、必ずやブレンダーによって調合されていることは間違いない。しかしバーボンにせよ、カナディアンにせよ、はたまたアイリッシュにせよ、核になるメイン原酒をいじくり回しているに過ぎないのだ。これでは、ブレンダーがウイスキーを造るといった表現は当てはまらないだろう。ブレンダーたる者、鋭敏な嗅覚と味覚を備えていなけれぱならないことは言うまでもないが、スコッチ・ウイスキーのブレンダーにはクリエイティヴなセンスが更に要求されるのである。ブレンデッド・スコッチ・ウイスキーと言えども“メイン原酒”は無論存在するが、どこの蒸留所のモルト原酒をメインとするのかは、ブレンダーが決定することなのだ。何種類もの、もしくは何十種類ものモルト原酒同士の調和とバランスを構築していくことは、例えるならばオーケストラを編成していくようなものだとも言えよう。バランタインやジョニー・ウォーカーのような歴史あるウイスキーでは、歴代のマスター・ブレンダーに受け継がれるノウハウは門外不出であり、偉大な財産だと考えられているのだ。銘酒として名高いバランタイン17年のレシピは、1937年にはすでに完成されていたと言う。現在でもそのレシピはほとんど変わっていないと言うことだ。

 スコッチ・ウイスキー造りにおいてこれほどまでブレンダーの存在が重要視されている理由のひとつは、結局ブレンデッド・ウイスキーの原酒であるシングル・モルト・ウイスキーが、単独では未完成なウイスキーだとみなされている点にある。言い換えるならば、ブレンドされることを前提として造られたウイスキーだと言うことである(勿論例外もある)。未完成と言う表現には語弊があるかもしれないが、すなわちその未完成さこそが類いまれな個性のヴァリエーションを生み出しているのだ。シングル・モルト・ウイスキーの特異性とは、まさにスコッチ・ウイスキーの特異性そのものなのである。

 そのような風変わりな酒と言ったものは、ごく一部の好事家達が愛でる類いの特殊な酒なのではないのかと、お考えの方もいるだろう。実は私自身も、そう言った一面は否定できないと思う。時には極端であったりする個性でも、それを受け入れる余裕があり、また楽しむことのできる人にこそ飲んで欲しい酒なのである。であるからして、余りにもグルメな方には少しつらいお酒であることは否めないだろう。味覚の許容範囲が狭い方、すなわち味覚の冒険のできない方には、残念ながらお勧めできない点だけは断っておきたい。

 ともあれ無数にある酒の中にあっては、シングル・モルト・ウイスキーは限られたひとつのジャンルに過ぎない。だがその狭き枠の中にひしめくのは、生一本であるが故に比類なく豊かな個性を与えられた非凡なウイスキー達なのだ。個々の蒸留所の製法に対する頑固なまでのこだわりや、立地場所の環境、仕込水の水質などのあらゆる要素の違いが相まって、個性のヴァリエーションは複雑さを極めている。

 ワインや日本酒と言った醸造酒は別として、カテゴリーを蒸留酒のみに限定した上で比較するならば、これ程までに飲み比べの楽しめる酒はシングル・モルト・ウイスキーをおいて他にあるまい。例えばラムやテキーラにしても、その個性豊かな風味は確かに我々を大いに楽しませてはくれる。しかし、味覚や香りの複雑さ、繊細さと言った点で、シングル・モルト・ウイスキーには到底及ばない。


Copyright © 1998- Muneyuki Yoshimura. All rights reserved.